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「リーノが愛される理由」/アンドレア・ピルロ
2014.04.06 Sun
ピルロと言えばあの顔と雰囲気から、”寡黙な職人肌”、みたいなイメージがあったんですが、この本を読んでそれはあくまで彼の一面でしかないことを知りました。というか、こんな面白い人だったとは!読んでる間、何度も笑ったし、どんどんピルロが好きになりましたよ。

我思う、ゆえに我蹴る。アンドレア・ピルロ自伝我思う、ゆえに我蹴る。アンドレア・ピルロ自伝
(2014/02/20)
アンドレア・ピルロ、アレッサンドロ・アルチャート 他

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子供の頃からずば抜けて上手かったせいで、チームメイトやその親からも妬まれ、試合中にボールを回してもらえず号泣したこともあったけど、そこで諦めずに自らボールを奪いに行き、味方でさえドリブルで抜き去ってゴールを決めていたという少年時代を振り返りながら、そうやって挫けず戦い続けたから今の自分があるんだよね、とええ話で終わらせず、「あの頃同じ夢を見ていたのに、嫉妬に狂って心を閉ざしていた奴らは砂地獄に落ちて行ったけどね。レアルやバルサでプレーしたいと叫びながら死に絶えていったよ」とあえての一言を付け加えるところが大好きだピルロ(笑)!

※以下、まっさらの状態で読みたい方はスルーしてください。
当時のイタリアサッカー少年たちの憧れといえばスペイン。レアル・マドリードであり、バルセロナだったらしく、

スペインのクラブは支配者であり、願望であり、テーマであり、行き先だった。


というくらい、ピルロも子供の頃からスペインにはかなりの憧れがあり、実際レアルやバルサからのオファーもあって、本人も移籍する気満々だったのを、ことごとくミランが粉砕・・・。しょうがなく、PSのサッカーゲームでバルサに所属して親友のネスタと何度も対戦。本人たちは「我々の戦いはクラシコのようだ」なんつってるけど、ネスタもバルサを選択してるんだから(バカなの?)、それって紅白戦では?

バルサからのオファーは試合でカンプノウに遠征した際に、グアルディオラ監督直々に呼び出されてのものだったそうで(チームメイトはその間、バルサとの関係が壊れていたイブラをミランに来るよう説得するために彼を探し回っていたらしい・笑)、監督から「アンドレア、このクラブに来なさい」と言われたピルロがすぐに考えたのが、「この話ネスタが聞いたら羨ましがるだろうな。僕がグアルディオラを独り占めできるんだから」だったってのが子供みたいでおかしい。

チェルシーと合意し、あとはロンドンに飛ぶだけとなっていた時はベルルスが直接ピルロを説得。「我々はフンテラールを獲得したぞ!だからキミもここに残らなければいけない!」と得意気な会長を前に、「フンテラールて言われてもなあ。優秀な選手だろうけどバロンドール獲れるほどじゃないやん!」とツッコみたいのをこらえるピルロ。この時は契約期間を4年にすることで思い留まったというか、ピルロが返事する前にベルルスがさっさと「ピルロはミランでキャリアを終えることになってる」と記者に発表しちゃったみたいなんだけど、結局ピルロは2011年にユヴェントスに移籍。ミランを退団する時はガリッパゲから退団記念のカルティエ製のペンを渡され、「このペンでユヴェントスとの契約書にサインしないでくれよ」なんて言われて(ガリッパゲなりのジョークなんでしょうな)、もうちょっとマシな別れのシーンを期待していたというピルロに申し訳なさでいっぱいに。10年間在籍し、いい時も悪い時もともに戦った選手にこんな思いさせるなんてー(泣)。ピルロ自身、移籍希望だった時期も多々あるけど、それでもさーやっぱり10年てそれなりに長いと思うのですよ。間違いなく中心選手だったしね・・・。

最後はあんまりいい別れ方じゃなかったミランでの10年間だったけど、チームメイトとは楽しくやっていたみたいで、特にリーノのことは

僕はピッチ上ではレジスタ(演出家)のポジションにいるけど、彼みたいに貴重なキャラクターのプレイヤー(役者)は絶対に手放したくない。

と言い切るほどのお気に入りで、ミランや代表の合宿中にリーノを見つけてはいじるいじる。リーノのイタリア語が訛りが激しいのは有名だけど、それ以前に動詞の使い方を間違えている事が多いらしくて、それを食事しながら、アンブロ、ピッポ、オッド、ネスタ、アッビと共に指摘。するとリーノは素直に言い直すんだけど、今度は正しく話しているのを間違えてるよとからかったもんだからリーノ爆発!危険を察知してすぐさまナイフは撤収したけど、リーノはフォークを握りしめて襲いかかってくる!ぐいぐいとフォークで突き刺されながらも、リーノが怒る姿が可愛いのでいじるのを止められない!のくだりは逃げ惑う6人と鬼の形相で追いかけるリーノが易々と想像できるだけにおかしくてしょうがない。可哀想すぎるわ、リーノが(笑)。

2006年のドイツW杯開催中に怪我をし落ち込むネスタを励まそうと、バルザーリ、デロッシと出かけた時のエピソードなんかもう映画みたいですよ。感動とか一切ないけど、チーム男子スキーにはたまらん名場面満載。ピルロのナレーションによる本人たち出演の再現ドラマとかやってくれんかなあ。

それとピルロは自分が髪がふさふさだからでしょうか、やけに薄毛いじりが激しいのも気になります。ユヴェントスのコンテ監督のことをパワフルでカリスマ性のある優秀な監督と評しながらの、

一番はっきりしたことは、彼が”悪魔の頭髪”を身につけているということだ。”頭髪”の部分は偽物かもしれないが”悪魔”の部分だけは本人そのものだった。それは決して再生することができない素材でできた正真正銘の本物だった。

もうハッキリ、ヅラだと言ってくれた方が(笑)。

スポーツ選手はジンクスにこだわるひとが多いけど、ジラやピッポ、ロッシのこだわりの強さといったら!(ピルロに言わせるとみんなまとめて狂人)ピッチには必ず左足から入るとか、スパイクは右からとかそんなレベルじゃありません。完全に周りは引いてる。ロッシなんかもうゴルゴ13の世界。ピルロが言うには「ストライカーというのは異常なフェチが多い」らしいんですが、チームメイトだったシェヴァはどんなフェチだったのか。あの超絶男前のマルキージオにも変なフェチがあるのか。ぜひお聞かせ願いたいもんです。

ここまで主に面白いネタばかり取り上げましたが、2006年のW杯決勝と2012年のEURO、対イングランド戦で決めたPKについて、世間が勝手に作った話とは全然違うピルロからのシンプルな答えや、人種差別やドーピング、判定にテクノロジーを持ち込むことについてのピルロのハッキリした意見(カッコいいよ!)など、真面目な話もたくさんあります。ミラニスタなら誰もが忘れたくても忘れられない、”イスタンブールの悲劇”(CLの決勝戦。前半3-0で浮かれまくっていたミラニスタを地獄へ突き落したあの試合ね)についてももちろん言及してます。あらためて選手の口からあの時の絶望について聞かされると、よくぞあそこから立ち直ったと思いますよ。ホントにあれはゾっとするような試合だった。

ピルロにとってアズーリのユニを着てピッチに立つことは、クラブで活躍するより何倍も重要なことだそうですが、それもあと1大会限り。2014年ブラジルW杯がアズーリとしてのピルロのプレーを見る最後となりそうです。楽しみ!
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テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

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